農とDIYを、うまく時短で回す

時短で回す

マイナスなイメージの多い”のうのうと”という言葉ですが、のんき.のんびり.のびのび、といったプラスの意味もあります。農やDIY作業も、きつい・めんどくさい・案外お金使う、というマイナスもありますが、うまく時短で回せば出費と時間を節約してプラスにできるのかも!?と思いつきました。そこで、農+DIYで時短を図り、採算が合う副業を目指すべく、のうのうと考え実践していきます。

はじめに

Know農と生きるために…

終戦時に生まれた父母は毎日のように農作業をしていましたが、無理がたたり両親共に長期療養せざるを得ない状態になりました。

農作業といういきがいのために活かされる知恵と体力
父のも母も私同様行動先行型の人間ですが、高齢になるとこれが身体の負担となり、ケガをしがちになります。しかし、そんな中でも2人は回復のために歩みを止めません。日頃の仲は!?でも一時停戦で薩長同盟を結び、父が母のためのDIYで手すりを付け、母は足腰を鍛えるトレーニングを始めたのです。

結果として外部から手を貸さず、自分で農作業に復帰したのですが、手を抜くくらいのゆとりを持ち、時短の精神で取り組めば治療やリハビリにかけた時間とお金がかからなかったのかもしれません。私はこの出来事を反面教師に、負担ある作業をできる限り時短していくようにしています。その一例が除草作業です。一部の負担を伴う箇所は時短のため敢えて手を加えません。それでも大事な部分は押さえるようにして回すようにします。案の定その箇所は草が生えてきますが、体裁なんか気にしません。体裁を整えるよりのうのうと時短で回し、実益を得るのです。ゆくゆくは副業と言えるくらいに時間とお金の効率を高めていきたいと考えます。

最新ブログ


農とDIYにおいて、時短をすることが持続可能な道になる!?

人口減少の世の中です。たまたま、農家であるという環境を活かしこれまで人手をかけてやっていたことでも、時短で取り組むことで少人数でも農作業ができるんだという前例を作りたいです。常識外れかもしれませんが、そこに持続可能性があると思うので、今後ものうのうと続けていきます。

【怠けて荒れるより時短で続ける方がいいことも】

地方では田畑や山林が、住宅や店舗として人々が集う場所になる一方、耕作放棄地となるところも見かけます。勿論、全てが人が怠けて耕作放棄地になったのだとは思いませんが、時短で出来るくらいになったのなら耕作放棄地にならなかったのかもと思います。耕作放棄地は色んな意味で弊害あるので、農地がやらないで荒れるか店舗等に変わるかの二者択一でなく、時短をして引き続き農地として維持される選択肢があっていいと思います。

農でのんびり人々が集い、体を動かせたらいいですね
農を時短でやりやすくして、みんなが集うくらいの場所にするのが理想です。

【農の現場で時短することで負担から楽しみへの転換】

昔の農家のように家族全体に負担がかかる農作業をより時短で回し、むしろ集うことを重視し繋がる場所となれば、心にもゆとりができ、楽しみを共有する場所になるのでは!?と考えます。

生きがいを共感
家族や人々が共通の生きがいを持ち、共感できたらいいな

【農作業を時短することから生まれる運動の機会】

ジムのように全天候型の強みはありませんが、早朝に効果的な運動法を取り入れて農作業をする等工夫をすれば、きれいな空気、景色、やわらかな土が素晴らしいトレーニング環境となります。

身体を動かす場所

時短で農作業する合間に畦道でウォーキング

農道にて早朝にインターバル速歩をしている様子です。
時短で自分にとってプラスの時間を捻出することも大切なことです。

【DIYも活かし時短で回す農作業】

作物や作業性をよりよいものにする。そのためには、作業過程に画一的にこだわる必要はないはずです。であるなら、利用できるのは何でも利用しよう、というのがコンセプトです。作物の品質に影響しないのなら飽くなき時短への取り組みをしてもいいのでは。そうした自由なDIYの発想を活かし、時短できる環境を広げていきます。

wi-fiで住宅と農地を結ぶ
屋外で家事と農作業、家族との連絡を平行して行うのに、自宅wi-fiが活躍します。

【時短で回せば農作業にゆとりが生まれ、次に繋がります】

時短作業で回すと考える余裕が生まれ、作物が目標収量や品質になった・自分の考えたような効率的な作業ができた等、その成果に対して喜びが生まれます。さらに、その喜びが元になって次へのチャレンジ精神が生まれたら儲けもんです。

かぼちゃ、とうもろこし
両親が管理しきれない畑を妻が管理し、育ててくれた成果が形となりました。失敗したけど次への経験値となりました。

<未来への変化→時短への取り組み>

持続可能な存在か疑わしい日本の農環境

 経験がおありの方は、そんな考えの奴もいる、くらいで収めていただけたら幸いです。稲作を親から引き継いだ時に「私という一人の人間の衰えは必ずやってくる。家のこと、農のこと、山のこと、この先も全部自分でやれる訳ではない。じゃあ少しでも次に引継げる可能性があるとしたら、時短を図り負担を減らすしかない」と思いました。今後も究極の時短を目指し行動したいと考えます。

”人と農が共に活かされ、相乗効果を生む”というキーワードでAiのChatgptが作り出した画像
”人と農が共に活かされ、相乗効果を生む”というキーワードでAiのChatgptが作り出した画像

生業でなくとも農には価値がある

 農業の経験年数も大してない私が、文章にてのうのうと語らせていただきました。私のやっている兼業農家は農業というように生業といえるものではありませんが、個人で自由にやれるからこそ、農作業を突き詰める試みができるのでチャレンジしていきたいと思います。

農が時代を超えてのんびり取り組めるものとなるよう時短を極める

 実践することは失敗の連続です。しかし、それが人の役に立つ可能性を秘めたことだと信じ実践しています。きれいに言えば、今の子供達の未来が自分達で、自分達の未来が親達の現在であるとした時、その未来が訪れた時に互いが健やかであるため、時短を目指す取り組みを続ける必要があると考えてます。

家族
みんなが助け合い、自然と調和のとれた生活が理想、でもそのためには時短で回す必要があります

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